私は先日、ある総合建設会社の技術研究所を訪ねた。
研究所のガラス張りの会議室から眺める工事現場では、ロボットアームが壁面に耐火材を吹き付けていた。
かつてであれば、作業員が防護服に身を包み、酷暑の中で行っていた過酷な作業だ。
「これで現場の人間は、もう少し楽になりますよ」と案内してくれた若手社員が言う。
彼の表情は誇らしげだった。
しかし、その隣で熟練の監督が呟いた言葉が耳に残る。
「機械は増えても、それを動かすのも、メンテするのも結局は人なんだよ」
その声には、建設現場を何十年も支えてきた者の経験と懸念が混ざっていた。
建設業界は今、少子高齢化による人材不足と技術継承の問題、デジタル化の波、労働環境の改善要求など、かつてない変革の時代を迎えている。
2025年には団塊の世代が後期高齢者となり、建設業でも大量退職による人手不足が深刻化すると予測されている。
国土交通省の資料によれば、2020年における建設業就業者は55歳以上が約36%、29歳以下が約12%と高齢化が顕著だ。
さらに2025年には建設業の労働人口が約90万人不足するとの予測もある。
こうした激変の時代、10年後も生き残れる現場とはどのような場所なのか。
建設現場を知り尽くした元監督として、その視点から未来を見据えてみたい。
現場の今:人が定着しない理由を探る
技能者不足と高齢化の現実
夏の暑さが残る9月上旬、東京都内の中規模マンション建設現場を訪ねた。
朝礼に集まった作業員を見渡して、すぐに気がついた。
作業員の半数以上が50代以上に見え、20代らしき若者はわずか数名だけだった。
「若手が来ないんです」と現場監督の田中さん(仮名・54歳)は肩を落とす。
「うちの現場はまだマシな方ですよ。設備屋さんなんて、職人の平均年齢が60歳近いですから」
国土交通省の統計では、建設業就業者数は1997年の685万人をピークに減少し続け、2023年には483万人にまで落ち込んでいる。
さらに建設業就業者の年齢構成を見ると、55歳以上の割合が約36%に対し、29歳以下はわずか12%ほど。
全産業平均と比較しても高齢化率は約4%高く、若年層比率は約4%低い。
このアンバランスな年齢構成は、団塊世代の大量退職を迎える2025年問題を前に、業界全体の大きな不安材料となっている。
田中さんは続ける。
「技能者の高齢化で、体力的にきつい作業が限られてきています。でも若手がいないから、少ない若手に負担が集中する。すると若手も疲弊して辞めていく。悪循環ですよ」
この悪循環を断ち切るため、各地で様々な取り組みが始まっているが、即効性のある解決策はまだ見つかっていない。
若手離職の背景にある「現場文化」
「入社3年目で辞めていった後輩がいるんです」
神奈川県の中堅ゼネコンで働く施工管理技士の佐々木さん(仮名・35歳)は静かに語る。
「理由を聞いたら『現場の雰囲気についていけない』と。叱責の声が飛び交う現場は、今の若い子には耐えられないんでしょうね」
建設現場には長く「現場たたき」と呼ばれる文化が存在してきた。
ミスは許されない緊張感の中で、時に厳しい言葉で叱責し、技術を叩き込む。
かつてはこの文化が技術継承の役割を担っていた一面もある。
しかし今、若年層のコミュニケーション感覚との間に大きな溝が生まれている。
「俺たちの時代は、現場で怒鳴られて一人前になった。でも今の子は違う」
ある大手ゼネコンの工事部長はそう話す。
「叱るのと怒るのは違う。叱るのは相手のために。怒るのは自分のため。これを理解している現場監督は、若手の定着率が全然違います」
確かに、私も現場監督をしていた頃は怒声が飛び交う現場が当たり前だった。
しかし、時代は変わり、若い世代が育った環境も違う。
彼らが現場に馴染めるかどうかは、この「現場文化」をいかに変革できるかにかかっているのかもしれない。
労働環境と待遇のミスマッチ
「土日も出勤して、深夜まで図面と睨めっこ。でも給料は他業種の同期より低い。これじゃあ若い人が来ないわけです」
首都圏の建設会社で働く40代の現場監督は嘆く。
建設業の労働環境の厳しさは、長年の課題だ。
厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、2024年6月の総実労働時間は、全産業平均が140.1時間であるのに対し、建設業は165.8時間と約25時間も多い。
休日の少なさや長時間労働が常態化する一方で、給与水準は他産業と比較して高いとは言えない状況が続いている。
2024年4月からは建設業にも時間外労働の上限規制が適用され、年720時間、月100時間未満といった基準を順守しなければ罰則の対象となる。
この「2024年問題」は、業界に大きな変革を迫っている。
一方で、若年層が就職先を選ぶ際に重視するのは「多様な働き方が可能な職場環境」や「福利厚生」などの条件だ。
大手建設会社では2025年採用の新入社員初任給を前年比7〜9%増の28万円に設定するなど、待遇改善の動きも見られる。
しかし、中小企業では予算的な余裕がなく、人材獲得競争でさらに不利な状況に追い込まれている。
建設業の魅力を若い世代に伝え、定着させるには、労働環境と待遇の抜本的な見直しが不可欠だろう。
10年後も生き残る現場の共通点
技能継承に成功している現場の特徴
京都の老舗工務店「匠建設」(仮名)の作業場は、訪れるたびに活気がある。
60代のベテラン職人と20代の若手が肩を並べて作業する光景が、ここでは日常だ。
「うちは入社5年目までの若手が全体の3割を占めています。離職率も5%以下ですね」と語るのは、専務の山田さん(仮名・48歳)だ。
何が若手定着の秘訣なのか尋ねると、明確な答えが返ってきた。
「技術を『盗め』ではなく『教える』姿勢ですね。それと、若手の意見を積極的に取り入れる文化です」
匠建設では、技能継承に成功している現場に共通する特徴がいくつか見られた。
1. 体系化された教育プログラム
- 技術指導の流れが明確化され、段階的に学べる
- OJTと座学のバランスが取れている
- 資格取得のサポート体制が充実
2. デジタル技術の活用
- タブレットやスマートフォンを使った施工マニュアルの提供
- ベテラン職人の技をデジタル記録して共有
- VRを活用した危険予知トレーニングの実施
山田さんは「かつての『見て盗め』式の指導では、今の若者は育たない」と言う。
「言語化できない技術というのは確かにあります。でも、言語化できる部分はしっかり言語化して、体系的に教えることが大切なんです」
技能継承に成功している現場では、暗黙知を形式知に変換する努力が続けられていた。
チームマネジメントと「聞く力」の重要性
「うちの現場長は『聞き上手』なんです。だから相談しやすい」
東北地方のある建設現場で働く30代の職人は笑顔で話す。
ここは地元の中堅建設会社が手がける集合住宅の現場だが、チームワークの良さで評判だ。
現場監督の鈴木さん(仮名・45歳)は「私の仕事は9割が聞くこと」と言い切る。
「現場で起きる問題の多くは、コミュニケーション不足から生まれます。だから私は毎朝、全員と少しでも会話するようにしています」
鈴木さんが実践しているのは次のようなマネジメントスタイルだ。
- 朝礼後に各職種のリーダーと5分間の個別ミーティング
- 週に一度、若手を集めた「本音トーク」の場の設定
- 問題発生時の「責任追及」ではなく「原因究明」の姿勢
「『誰のせいか』ではなく『なぜ起きたのか』を考える現場の方が、ミスを隠さなくなります。それが安全にも品質にもつながるんです」
鈴木さんの現場では、若手の定着率が高いだけでなく、工期の遅れや品質トラブルも少ないという。
生き残る現場の条件として、このような「聞く力」を中心としたチームマネジメントの重要性は、今後ますます高まっていくだろう。
安全・快適・成長——働き続けたい現場の三条件
「今の若い人たちが求めるのは、『安全』と『快適』と『成長』の三つです」
労働問題に詳しい社会保険労務士の高橋さん(仮名)はそう分析する。
「特に建設業では、この三条件をクリアした現場だけが10年後も人材を確保できるでしょう」
実際、若年層の定着率が高い現場を調査すると、確かにこの三条件を満たす傾向がある。
安全については、形式的な安全対策ではなく、本質的な安全文化が根付いている点が特徴だ。
例えば、神戸市のあるマンション建設現場では、安全パトロールの際に若手作業員の意見を積極的に取り入れる仕組みを導入している。
「ベテランが気づかない危険を若手が指摘することもあります。全員の目で現場を見ることが、真の安全につながります」と現場監督は話す。
快適さについては、休憩所の充実や労働時間の適正化、デジタル化による業務効率化などが挙げられる。
横浜市のある現場では、空調完備の休憩所に加え、スマートフォンによる簡易報告システムを導入し、事務所への移動時間や報告書作成の負担を大幅に軽減している。
そして成長については、キャリアパスの明示とスキルアップの機会提供が重要だ。
ある大手ゼネコンでは、入社後10年間の育成計画を明確に示し、各段階で取得すべき資格や習得すべき技術を可視化している。
「先が見える環境じゃないと、若い人は不安で続けられない。先輩たちがどう成長してきたのかを見せることが大切です」と人事担当者は語る。
10年後も生き残る現場には、この「安全・快適・成長」の三条件が、実態として確立されているだろう。
テクノロジーと人の融合:未来の現場像
BIMやロボティクスの現場導入とその課題
「これがBIMモデルです。この3Dデータを元に、施工計画から維持管理まで一貫して進めていきます」
大阪の超高層ビル建設現場で、若手の設計担当者がタブレットを操作しながら説明してくれた。
画面上では、複雑な建物の構造が立体的に表示され、任意の箇所を拡大したり断面を表示したりできる。
BIM(Building Information Modeling)は、建物の3Dモデルに様々な情報を付加し、設計から施工、維持管理まで一貫して活用するシステムだ。
国土交通省は2023年度から公共工事でのBIM/CIM原則適用を開始し、デジタル化を推進している。
一方、現場では様々な課題も見られる。
「フロントローディングという言葉がありますが、実際は設計段階での負担が増えています」と設計部門の管理職は打ち明ける。
「BIMを使いこなせる人材も不足していて、若手に負担が集中しがちです」
BIMの導入率も業界全体ではまだ50%に満たない。
デジタル化の波は、ロボティクスの分野でも進んでいる。
清水建設や鹿島建設などの大手ゼネコンは、溶接ロボットや耐火被覆吹付ロボットなどを開発・導入し、労働力不足や危険作業の軽減に取り組んでいる。
2021年には「建設RXコンソーシアム」が設立され、建設ロボット・IoT分野の共同研究も加速している。
しかし課題も多い。
「ロボットは標準的な作業はできても、現場の『アジャスト』はまだ人間にかないません」と、ロボット開発に携わるエンジニアは語る。
「結局、人間が操作したりメンテナンスしたりする必要があるので、人手不足の完全解決にはならないんです」
未来の現場では、BIMやロボティクスなどのテクノロジーと人間の技術がどう融合していくかが鍵となるだろう。
そのためには、現場の実情に合わせた技術導入と、それを使いこなせる人材育成が不可欠だ。
デジタル化が支える「見える」マネジメント
「昔は現場監督の頭の中だけに情報があった。今は『見える化』で誰でもアクセスできます」
東京都内のある建設現場で、若手の現場監督がクラウド型の工程管理システムを見せてくれた。
タブレット画面には、工程表や進捗状況、各職種の作業予定が色分けされて表示されている。
誰がいつどこで何をするのか、誰でも簡単に確認できるようになっているのだ。
「透明性が高まると、自然と効率も上がります。職人さんたちも、自分の作業がプロジェクト全体のどこに位置づけられているか分かるので、責任感も生まれますね」
デジタル化による「見える」マネジメントは、以下のような変化をもたらしている。
1. 情報の民主化
- 特定の人だけが持つ情報から、全員がアクセスできる情報へ
- 判断や意思決定のスピードアップ
- 若手でも全体像を把握できることによる成長の加速
2. データに基づく判断
- 経験や勘だけでなく、蓄積されたデータを活用
- 工期や品質のバラつき減少
- トラブル発生時の迅速な原因特定と対応
3. リモートマネジメントの可能性
- 遠隔地からの進捗確認や指示出し
- 複数現場の効率的な管理
- 災害時や緊急時のバックアップ体制
建設現場のデジタル化は遅れていると言われてきたが、コロナ禍を契機に急速に進展している。
この流れを加速させているのが、BRANU株式会社のような建設業界DX推進企業だ。
5,000社以上の導入実績を持つBRANUのSaaSプラットフォームは、マーケティングから施工管理、経営管理まで統合し、中小建設事業者の業務効率化と生産性向上に貢献している。
野原ホールディングスが2023年に実施した調査によれば、建設業界の課題解決として、建設業界従事者はロボットやドローン、VR/ARなどのデジタル技術に期待している。
しかし同調査では、デジタル化による生産性向上が遅れている業務プロセスとして「施工・専門工事」と「施工管理」が58.4%を占めるなど、現場レベルでの遅れも指摘されている。
「問題は技術よりも、それを活用する側の意識かもしれません」と、あるIT企業の建設DX担当者は言う。
「デジタル化の目的は『人間を楽にすること』なのに、導入時の負担が大きいと敬遠されがちです」
10年後の現場では、こうしたデジタル技術が当たり前のインフラとなり、「見える」マネジメントが標準になっているだろう。
その過渡期である今、いかに現場に寄り添った形でデジタル化を進めるかが課題となっている。
ITがもたらす”人間らしい”働き方への転換
「デジタル化で最も変わったのは、実は人間関係です」
中堅ゼネコンのDX推進部長、西田さん(仮名・50歳)は意外な言葉で語り始めた。
「以前は図面の修正や日報作成など、付帯作業に多くの時間を取られていました。今はそれらをデジタル化したことで、人と向き合う時間が増えたんです」
西田さんの会社では、建設現場のDX化を5年前から本格的に進めてきた。
電子小黒板の導入、クラウド型工程管理、ウェアラブルカメラによる遠隔確認など、様々な技術を取り入れている。
その結果、事務作業の時間が約30%削減され、残業時間も大幅に減少したという。
「残業が減っただけでなく、若手との対話の時間や、技術指導の時間が増えました。皮肉なことに、ITの導入が人間らしい時間を生み出したんです」
建設現場におけるITの導入は、単なる効率化だけではなく、以下のような「人間らしい」働き方への転換をもたらしている。
1. コミュニケーションの質的変化
- 指示や報告といった一方通行から、対話や相談への時間シフト
- 若手の意見や提案を聞く余裕の創出
- 多職種間の情報共有機会の増加
2. 創造的業務への集中
- 単純作業や反復作業からの解放
- 問題解決や改善提案への時間投資
- 新技術や新工法の学習時間の確保
3. ワークライフバランスの改善
- 残業時間の削減による家庭生活の充実
- 精神的・肉体的疲労の軽減
- 働き方の選択肢拡大(リモートワークなど)
「建設業は『人の仕事』だと思います。ITはそれを支援するツールに過ぎません」と西田さんは言う。
「大切なのは、ITによって生まれた時間を何に使うかです。我々は『人を育てる時間』に使うことを選びました」
10年後も生き残る現場とは、単にデジタル化が進んだ現場ではなく、デジタル化によって生まれた余力を「人の成長」に投資できる現場なのかもしれない。
「働きたくなる現場」をつくるために
現場の声をどう活かすか:ヒアリングの実践例
「うちの会社には『現場改善提案制度』があるんです。毎月約50件の提案が上がってきます」
関東の中堅ゼネコン、山下建設(仮名)の工事部長、江口さん(仮名・55歳)が誇らしげに話す。
山下建設では5年前から、現場作業員から経営陣まで全ての社員が参加できる改善提案制度を導入している。
「最初は『どうせ聞いてもらえない』と冷ややかな反応でしたが、実際に提案が採用され、現場が変わっていくのを見て、徐々に参加者が増えていきました」
作業員からの提案で実現したのは、休憩所の冷暖房完備、デジタル工具管理システム、そして若手向けの技術講習会など多岐にわたる。
「意外だったのは、コスト削減につながる提案が多かったことです。現場で働く人は、無駄を一番よく知っているんですね」
現場の声を活かす仕組みとして、山下建設の取り組みには次のような特徴がある。
1. 見える成果
- 提案の採用状況や進捗をデジタルサイネージで常時表示
- 実現した改善策には提案者の名前を明示
- 半年ごとの成果報告会で全社に共有
2. 評価との連動
- 提案の質と量を人事評価に反映
- 特に優れた提案には報奨金
- 若手の提案は特別枠で評価
3. 実行スピード
- 小規模な改善は即決即実行
- 提案から1ヶ月以内に回答する原則
- 実現困難な提案にも理由を説明
「『聞くだけ』では信頼は生まれません。『聞いて、応える』ことが大切なんです」と江口さんは強調する。
現場の声を活かす仕組みは、働きやすさと生産性向上の両面で効果を発揮している。
多くの建設会社が人材不足に悩む中、山下建設では応募者が増加傾向にあるという。
「人は『自分の意見が尊重される場所』で働きたいと思うものです。単純な給与競争ではなく、『働きがい』で選ばれる会社になることが、生き残る条件だと思います」
中間管理職の役割とリーダーシップ
「現場監督こそが、会社の将来を左右する」
大阪の老舗建設会社で40年以上建設業に携わってきた中村さん(仮名・63歳)は、力強く語る。
彼が最近力を入れているのが、現場を直接マネジメントする中間管理職の育成だ。
「現場監督は、会社と現場をつなぐ要。彼らの質が、働きやすさや生産性を決定づけます」
中村さんの会社では3年前から「監督力強化プログラム」を実施している。
マネジメントスキル、コミュニケーション能力、デジタルリテラシーなど、多角的な研修を通じて中間管理職を育成するものだ。
特に注目すべきは「リーダーシップ観」の変革に力を入れている点だ。
「かつての現場監督は『指示する人』でした。今求められるのは『支援する人』です」
中村さんによれば、現代の建設現場における理想的な中間管理職像は以下のようなものだという。
1. ファシリテーター型リーダー
- 指示命令ではなく、チームの力を引き出す
- 多様な専門家の意見を調整し最適解を導く
- 問題解決のプロセスを設計する
2. トランスレーター型リーダー
- 経営方針を現場言語に翻訳する
- 現場の声を経営陣に伝える
- 多職種間のコミュニケーションを円滑にする
3. コーチ型リーダー
- 若手の成長をサポートする
- 失敗を学びの機会に変換する
- 個々の強みを見いだし活かす
「以前は怒鳴る監督が一流と思われていました。今は『怒鳴らなくても現場をまとめられる人』が一流です」
中村さんの会社では、このようなリーダーシップ教育により、工期の遅延や品質トラブルが減少しただけでなく、若手の定着率も向上したという。
「現場監督という『中間管理職』の質を高めることが、働きたくなる現場をつくる近道なんです」
多様性と包摂:誰もが馴染める職場へ
「女性用のトイレと更衣室、当たり前のことですが、これが整備されただけで女性の応募が3倍になりました」
名古屋の建設会社で人事を担当する高山さん(仮名・42歳)は、環境整備の重要性を語る。
建設業はこれまで男性中心の業界だったが、人手不足解消のためにも女性や外国人など多様な人材の活用が急務となっている。
高山さんの会社では5年前から「ダイバーシティ推進室」を設置し、誰もが働きやすい職場づくりに取り組んでいる。
「まずはハード面の整備から始めました。次に制度、そして最も難しい『文化』の変革に着手しています」
女性が活躍できる環境づくりとしては、次のような取り組みが行われている。
- 全現場への女性用設備の標準装備(トイレ、更衣室、休憩所)
- 時短勤務やフレックスタイム制の導入
- 産休・育休取得者の復帰プログラム
- 女性技術者同士のメンター制度
外国人労働者の受け入れについても積極的だ。
「特定技能制度を活用して、ベトナムやフィリピンからの技能者を受け入れています。単なる人手不足対策ではなく、異なる視点や技術を取り入れる機会だと考えています」
外国人労働者のサポート体制としては以下のようなものが整えられている。
- 多言語対応の作業マニュアルやアプリの導入
- 日本語学習支援プログラム
- 生活相談員の配置
- 文化交流イベントの定期開催
また、高齢者や障がい者の雇用についても工夫が見られる。
「65歳以上のベテラン技能者には『技術指導員』として活躍してもらっています。体力的な負担は減らしながら、その経験と技術を次世代に伝える役割です」
障がい者雇用では、BIM(建築情報モデリング)データの作成・管理業務などでの活躍の場が広がっているという。
「多様な人が働ける現場は、実は誰にとっても働きやすい現場なんです」と高山さんは話す。
「『この人には無理だろう』という先入観を捨てて、『どうすれば可能になるか』を考える姿勢が大切です」
10年後も生き残る現場とは、多様な人材が互いの違いを認め合い、それぞれの強みを発揮できる包摂的な場所なのかもしれない。
まとめ
耐震性能や断熱効率、住宅としての機能性を判断するのに、誰も「見た目」だけで判断はしない。
建物の本質は、表面からは見えない部分にこそある。
同じように、建設現場も表層的な「設備の新しさ」や「デジタル化の進み具合」だけで判断すべきではない。
10年後も生き残る現場のキーワードを挙げるなら、それは「人を活かす力」だろう。
技術継承に成功している現場は、暗黙知を形式知に変換し、若い世代に体系的に伝える努力を怠らない。
チーム力に優れた現場は、監督が「聞く力」を持ち、多様な意見を尊重する文化がある。
働き続けたい現場には、「安全・快適・成長」の三条件が整っている。
BIMやロボティクスなどの先端技術も、それ自体が目的ではなく、人間の創造性を解放するための手段であるべきだ。
デジタル化が進んだ現場でも、最終的には「人と人との関係」が成功を左右する。
現場の声を活かす仕組みや、新しい時代にふさわしい中間管理職の育成、多様性を包摂する文化の醸成。
これらはすべて、最終的には「人」に焦点を当てた取り組みだ。
ある意味、建設業の未来を左右するのは、技術革新のスピードよりも、「人」への向き合い方なのかもしれない。
今、業界は「2025年問題」という大きな壁に向き合っている。
団塊世代の大量退職と少子高齢化による労働力減少は、避けられない現実だ。
しかし、ピンチはチャンスでもある。
古い慣習や非効率なプロセスを見直し、本当に大切なものを残しながら変革を進める絶好の機会だ。
私が現場監督だった頃、ベテランの棟梁がよく言っていた言葉がある。
「建物は人がつくる。人がダメなら、建物もダメになる」
10年後も生き残る現場とは、この原点に立ち返り、「技術よりもまず、人」を大切にする場所なのだろう。
建設業の未来は、間違いなく「現場が選ばれる時代」になる。
その時、選ばれるのは単に高給を払える会社ではなく、「人が育ち、人が活きる現場」を提供できる会社だ。
建設業に携わる全ての人が、今一度自分の現場を見つめ直し、「10年後も生き残れる現場か」を問い直す時が来ている。
最終更新日 2025年7月31日 by urisysym






